砧書体制作所

Kinuta Font Factory

(旧 カタオカデザインワークス)


『佑字』とは、
書家・片岡佑之によって
揮毫された原字を
書体化したものです。













 
書はもっともスタンダードな書体といえます。漢字の書体は、篆書、隷書、そして隷書から草・行・楷の各書体が発生したともいわれていますが、楷書の典型の確立は唐代のはじめ頃とされています。その背景には科挙の試験において正確を期する必要性があったともいわれています。字様(じよう=文字の手本の意)学者の顔元孫(がんげんそん)が著した『干禄字書』(かんろくじしょ=字体を正・通・俗に分類)を甥にあたる書の大家・顔真卿(がんしんけい)が碑文にしたことなどから規範となる楷書体が広まったともいわれ、楷書はもっとも整った正式な書体となりました。そのことは今日でも変わらず、わたしが書道をはじめたころは「楷書十年」などといって、まずは楷書の基本点画からはじまり、つぎに基本となる漢字を書かされました。十年も経つころには楷書の習得はもとより、他の書体をも書ける素地が自ずとできているというのです。


ころで、唐代には製版印刷術が発明されており、はじめは版木に毛筆で書かれた楷書を精刻していましたが、宋代には版下文字の専門職による平板な楷書となり、明代中後期には独特の画一的な点画構成による現在の明朝体が生まれたといわれています。その明朝体は十九世紀に鉛活字印刷が導入されたあとも採用されたため、その後の印刷用の標準書体になったとされます。したがって明朝体は楷書の一支流に位置付けされるものですが、毛筆で書かれた楷書体とは点画等において一致しないところがあります(現在の楷書は『康煕字典』=明朝体で印刷、清代編纂=を拠り所とするために楷書体の正しい字形をめぐって議論の一因となっています)。
 本書体の漢字の揮毫にあたっては、書体字典の楷書体を参考にしつつも、識別の必要性などから明朝体の点画等を取り入れたものなどがあります。


6715字の漢字

 本書体の制作のために書かねばならない漢字の数は6715字ありますが、書いたことのある漢字よりも、初めて書く漢字のほうが多かったように思います。そこで初めて書く漢字については、あらかじめ書体字典で字形を確かめておく必要があります。それは楷書の点画を確認しておくというだけではなく、まとまりのある美しい字形にするためでもあります。書体字典に載っている古典の文字が今日まで伝承されてきたのもそこに抽象的な書の美が具現化されているからでしょう。

古典の筆跡には美しい文字を書くための創意・工夫が巧みになされており、その創意・工夫を自分の目と手でくみとり、自分の書こうとする文字に応用するのです。しかし、そうしたことは今回の揮毫を、書体デザイナーの兄から話をもらうまで、あまり意識していませんでした。その文字数の多さに圧倒されて筆をとろうとしなかったわたしに「とにかく一通り書いてみることだよ」といって書きなれた書体で書くことをすすめられました。そこで、あまり字書もよく見ずに書き始めたというのが

実際のところでした。したがって、あとから見直すと不出来な文字も多く、結果的に第一水準の漢字をすべて書き直すことになったのも、やむを得ないことでした。
 書体の原字の揮毫という実質5年におよぶ大仕事に取り組んでみて感じたことは、はじめからすべてがうまく運ぶということはなく、試行錯誤のなかでよりよい方向をめざすということでした。しかし、書体が出来上がってみると(原字の揮毫以外は兄が担当)、困難な仕事であっただけに格別のものがあります。


 本書体の漢字が、スタンダードな書体なので、それに合わせたひらがなとなると、これもスタンダードなひらがなにならざるを得ません。そこで参考にしたのは高塚竹堂氏のひらがなです。字形・用筆において仮名作家らしい美しさがあり広く一般人に受け入れられるのではないかと思ったからです。そのひらがなを参考に揮毫したものが、ひらがな【肅】(シュク)です。このようにフォントを作る場合に、文字数の多い漢字に合わせてひらがなを作るのが一般的なやり方かもしれませんが(あるいはその逆の場合もあるかもしれません)、ひらがな【舞】(マイ)はこれとはまったく違った契機から作られたものです。それはひらがな【肅】(シュク)を書き終えたころ、たまたま手にした書道本の中に、古筆の「香紙切(こうしぎれ)」が載っており、それを見たときに「これはわたしの書いた漢字とうまく合うかもしれない」と直感的に思ったのです。香紙切のかなは、いかにも女性が書いたものではないかと思わせるような、自由で奔放な筆致のものであり、一見すると、本書体の漢字とはまるで対極にあるものです。しかし、それをいずれか一方の書風に合わせるのではなく、むしろその違いを尊重して、いわば直線的で理性的な漢字の美しさと曲線的で情緒的なかなの美しさとの相乗効果を狙ったものであり、自分では新しい試みをおこなったつもりでいます。そして、ひらがな【朴】(ボク)は、新しさと楽しさとを感じさせるような素朴なひらがなを念頭に、最後に揮毫したものです。少しは自分らしさが出せたのではないかと思っています。なお、カタカナは各タイプのひらがなに準じて書きました。

仮名フォント
左: 佑字【灯】/右: 佑字【曙】
 

変体仮名について

 現在、一般的に使用されている一音一字のひらがな(48文字)は明治33年(1900年)に小学校令で制定されたものですが、それ以外のひらがなは変体仮名(異体字)と称されるようになりました。変体仮名には、字源(もととなる漢字)は同一ですが字体(くずし方)が異なるもの、同音だが字源の異なるものがあります。その大半は今日では日常生活で使用されることはほとんどなく、忘れられてしまった印象です。しかし一部の変体仮名については今も店舗の看板や広告、その他さまざまな使われ方をしています。
 そこで本書体では、ひらがな(48文字)の付属として 変体仮名を二字ずつえらんで揮毫してみました。
なお、古い時代のかなには、つぎのようなものがあります。
 
◆男手(おのこで)
男性用のかなで国語の音を漢字の音または訓を借りてうつしたもので楷書体や行書体で表記したもの。
真仮名(まがな)、万葉集で多用されたため万葉仮名(まんようがな)などともいいます。
◆草仮名(そうがな)
万葉仮名のうち草書体で表記されたもの。
草の仮名(そうのかな)、たんに草(そう)などともいいます。
◆女手(おんなで)
女性用のかなで草仮名をさらにくずしたものです。
のちのひらがなの類をいいます。
 また、片仮名の片(かた)は部分・不完全などを意味し、万葉仮名の楷書の一部分をとるなどして作られたものといわれています(かたかんな、ともいいます)。はじめは僧侶が経論などの漢文をよむ際の補助符号でしたが、次第に和歌の一部など文学作品の表記にも使われるようになりました。

























 毛筆で書かれた原字をデジタルデータに置き換えるにあたって考慮しなければならない問題にカスレがあります。カスレは毛筆が含む墨と運筆の速さなどから生じるもので見るものに勢いやスピード感といったものを与えるため、それだけ特長のある字となります。反面、カスレが多いと字形が複雑になりデータ量が増えて表示速度や可読性に影響を及ぼします。毛筆の字をフォント化したものにカスレを表現しないものが多いのは、こうした事情によります。
 『佑字3』には毛筆のカスレを活かした字があります。原字をスキャンデータに置き換えたときに生じたカスレを残すことは、原字により忠実である、という揮毫者の個性を優先した考え方でもあります。近年はコンピュータの処理能力があがったため、フォントデータ量が許容範囲であれば表示速度にストレスはありません。また、カスレの可読性に関しては、カスレが読む時に視覚の邪魔になるかどうかということになります。それは、左頁の例のように大きさによって異なります。カスレは字が小さくなるほど目立たなくなるために読みにくいとは感じません。逆に字が大きくなるほどカスレは目立ち字の存在感・躍動感は増すと考えました。そこで「強すぎず、弱すぎず、程よく」を判断基準にしてカスレを取り入れてあります。

制作話