砧書体制作所
(旧 カタオカデザインワークス)

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文字を構成するエレメントに
丸を使っています。

文字を構成するエレメントに丸を使っています。丸明オールドは、ゴシックに丸ゴシックがあるように、明朝体にも丸明朝体というカテゴリーがあることを実証した書体です。 とくに漢字には多くの丸が使われているので大きくして丸がどこにあるかを示しました。 縦線、横線、点、トメ、ハネ、ハライなどどれも先端が丸く処理されています。直線を意識した漢字、筆の動きを強調したカナ、四角いスペースにこだわらない形。 でも文章になると読みやすい、不思議な可読性を持った書体です。やさしくて、かわいくて、レトロ、オーソドックスでモダン。 デジタルなのにアナログのこころをもった書体として2001年6月CD-ROM版で発売。 特徴ある形が多くのデザイナーの目に触れ話題となり、書体として定着するところまできました。

私の、ルーツ。

 昔、1990年前後、神田の古本市で夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」の初版本の覆刻版と出会いました。 じつは、ここに使われている活字の仮名は「丸明オールド」の仮名のルーツ、築地体や秀英体なのです。 活字がメッセージの道具として大きな役割を担っていた時代です。 まだ活字の歴史が浅かったせいでしょうか、とくにかなには毛筆の運びを強く感じました。このことが新鮮に映りました。 印字面の四角いスペースにとらわれない形がのびのびとした流れに、そして伝統ある毛筆形は飽きのこない安心感となっています。 反面、文章に組まれたときには漢字とかなの字間がばらついて見えます。
 しかしそのことで読みにくいといった印象はありませんでした。むしろ読みはじめると見た目よりも抵抗なく読めました。 この雰囲気の書体がどうしてないのだろう。これがつくるきっかけとなりました。ただそのままを再現するのではつくる側としては抵抗がありました。 いまの時代の香りといったものがほしいと考えてしまったんです。結果は、コンピュータだから簡単に処理できる「丸」というエレメントになったわけです。



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【写真】復刻 初版本 夏目漱石文学選集「吾輩ハ猫デアル 上編」
著者/夏目漱石 一九七九年七月十五日 第一刷発行
発行/日本リーダースダイジェスト社
【原本】明治三十八年十月六日発行
著作者/夏目金之助
発行所/大倉書店・服部書店
印刷所/株式會社秀英社 定価九十五銭

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        • 2000年2月掲載
        • アートディレクター副田高行氏のサントリー
        • 新モルツの広告キャンペーンにて発表(新聞15段広告)
        • 発売前に世の中に登場したため話題の書体となりました。
        • 当初、新聞15段3回くらいの話しでしたが、最終的に「天然水仕込みキャンペーン」は、3年間も続きました。
        • ビジュアルは、2年目が「若乃花(当時)」3年目が「グラスの水」でした。

モジ、アカルイミライ。

 いつものようにSは、成城にあるゴルフレンジで、ボールを打っていた。 練習するほどに下手になっているように感じるのだが。それでも毎週ここにやって来るのは、仕事に追われる日常から、逃れるためなのだろう。 そこが、ひとりきりになれる唯一の場所。至福の時間になっていたのだろう。バシッ、バシッ、チョロッ。その日も相変わらずダフってばかりいた。 Sにとってアートディレクションほど、ゴルフは上手くいかないようである。と、そこへ突然友人のKがやって来た。SとKは、もう30年来の付き合いだ。 昔渋谷にあった小さな広告代理店で、席を並べていた。そのKも最近始めたゴルフに、のめり込んでおり、ここはKの自宅のすぐ傍にある練習場なのだ。 それまでも、度々Kとはここで会っていたのだが。その日は、いつもと様子が違っていた。 Kは紙袋から、ふたつ折りの束にしてあるA3の出力紙を広げると、Sに見せた。 その紙には、それまで見たことのない美しい明朝体の文字が、さまざまな大きさで文字組されていた。 「コレガ前カラ話シテイタ、新シイ書体ナンダ」。やや照れくさそうに言う。少し緊張しているみたいだ。 その新書体を見た瞬間、Sは大きくうなずく。いつも感動した時に口走る、癖のようになっている言葉を発する。「イインジャナイ!」。

確かなSの反応で、Kの口元がほころぶ。明治初期の活字からヒントを得て制作した明朝。構想から5年を要したという。 書体の名は、丸明オールド。懐かしくて、モダンな明朝体だ。漢字とかなの大きさのバランスが、極端に違う。 が、不思議と縦に組んでも、横に組んでもキレイで読み易い。筆文字のような形のかなが、特に新鮮だ。「イインジャナイ!」。 これという自分のスタイルを持たない流儀のSにとって、美しく新しい書体の出現は、歓迎すべきことなのだ。 特にSの場合、人一倍文字にうるさい。コピーを重んじる、つまり、とてもデリケートに書体を選んでいる。 Sが選択する書体は、その時最も機能する書体であり、デザインなのだ。デザインの為のデザインではなく、必然としてのデザインなのだ。 「デザインハ、引キ算ダ」が持論の、Sのデザインはとてもシンプルだ。Sほどいろいろな書体を的確に使うADは、他にいない、と言われる。 そのSが、新書体を見て、ニコニコととても嬉しそうにしている。つられてKもニコニコと、微笑んでいる。

 1999年9月21日、午後3時。成城グリーンプラザの2階。(5年経った現在はもうなくなって、跡には瀟酒なマンションが建っている。) これが丸明オールドが、他人の目に初めてさらされた時間。「素晴ラシイ。イツカ使ワセテモラウヨ」。Sは何度も何度も新書体を、その細い目でながめた。 「イインジャナイ!」。言葉数の多いわりに語彙の少ないSの、最大限の賛辞といっていい。 しかし、丸明オールドが世の中にデビューするのに、それほどの時間は必要なかった。 次の週に、Sにやってきた仕事が、コピーを中心にしたタイポグラフィの広告だったのだ。サントリーのビールの新聞広告。 麦100%と天然水仕込みを、強くメッセージする内容だ。地獄に仏、いや違う。千載一遇、ちょっと違うな。 砂漠にラクダ(?うーん、もういい!)とは、こんなことを言うのだろう。KがSに見せてから、わずか数週後の、いきなりのデビューとなった。 新聞十五段カラー、サントリー新モルツ。これほどまでの強力なお披露目はない、と言っていいほどの、メジャーデビューだった。 「大物ハ、イキナリ大物トシテ、デビュースル」というのが、Sがいつも抱いている持論なのだが。運命。 後からそう思えるほどの、丸明オールドの鮮烈なデビューだった。

 しかし、まだその段階では、フォント化はされていない。KはSから送られてくるコピーを、その都度一文字一文字作字して、切り貼りする作業に追われたのだが。 後にKは、こう振り返る。時間がタイトで大変苦労したが、「丸明オールドガ新聞広告ニナッタ、ソノ日ノ感激ハ、一生忘レナイダロウ」と。 ギョロリとしたタレぎみの大きな目に、涙をためて語るのだった。Sは事あるごとに、丸明オールドを使いまくった。 ある女性コピーライターから、またあの書体なの、と煙たがられたりもした。Sは、口から唾を飛ばしながら、丸明オールドの素晴らしさを語った。 そうしてSの仕事の中に、丸明オールドは数多く登場していった。

 丸明オールドによる「サントリー新モルツ」の新聞広告が掲載された2月のその日。 銀座にある「L」という広告会社の社長を兼務するアートディレクターHは、部下を呼んでその新聞広告を見せた。 この書体は何なのか。すぐ探すよう命令するのだった。しかし、まだ世の中に出ていない、その書体を見つけることは無理だった。 獅子奮迅(?)、東奔西走しても「L」の社員が探し出すことは不可能だったのだ。この日、この瞬間。日本の文字文化の歴史が動いた。 といったら大袈裟すぎるだろうか。カチリ。永くつづいた鎖国が解かれ、人が皆髷を切り、刀を捨てたように。西暦が2000年から、2001年に変り、20世紀が21世紀に移ったように。 カチリ。デザイン界にコンピュータが導入されて以来、Sが嘆いていたこと。日本の文字文化の低下、劣悪化。しかしこの瞬間に、新たな兆しがスタートしたのだ。カチリ。

 そうして2001年の春6月。丸明オールドがフォント化され製品化されるや、もの凄いスピードで、デザイン界に浸透していった。 それはKやSの想像を、はるかに超える速さだった。初めの内、これを使うと「Sのデザイン」に見えるから。と言って敬遠していたAD達も、徐々に屈していった。 もはや丸明オールドは、特殊な新書体としてでなく、永遠に愛されつづける、不朽の定番書体と言っていいほど数多くのADが使用しはじめた。 広告をはじめ、エディトリアル、装丁、TVCM、チラシの中にまで、丸明オールドは進出していった。 もちろん、それを決定づけたのは、あの、最初に掲載された新聞広告に目を止めたHの存在だった。 氏のライフワークともいえるマヨネーズの広告に、丸明オールドを使用したからだ。 AD界のボスであるHが使用した、ということは取りも直さず、丸明オールドが正式に世の中に認知された。ということであった。

 K本人が考える以上に、Kが個人の力で新書体をフォント化したことは、大きな出来事だった。 賞賛に値する行為であり、日本の文字文化に明るい未来を予感させる、エポックメイキングな事件だったのだ。(2005年2月/アートディレクター 副田高行)

制作話

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